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置き忘れてしまったものがある。
注意を向けなければ何事もなく通り過ぎていき、無き物と同じが如くだ。
見ることで存在し、見ないことで存在しないことにもなりうる。
俺自身も君自身も地球そのものでさえも。
11月1日、久しぶりにstudio liveへ行った。
hardcore bandはstudio liveが良く似合う。
久々に見るgrind shaftはメンバーがガラッと変わっていて少し残念だった。
しかし、ハモニカ吹きのあんちゃんがいかしてたな〜。
10月25日、阿佐ヶ谷JAZZ STREETSへ行った。
これは阿佐ヶ谷のいろんな所でJAZZを演奏するというもの。
駅前や通りの一角でJAZZ BANDが演奏する。
また、小学校や教会など、施設の中は有料で見ることができる。
俺は有料パスポートを予約していたので各施設を渡り歩いた。
アフリカのパーカッショニストと競演したり、立ち上がりながら激しくピアノを弾く人がいたり、
和太鼓とピアノのみで演奏したりと様々なJAZZを満喫することができた。
出演者の山下洋輔が云っていたんだけど、JAZZのCDは日本が一番売れているということのに少し驚いた。
10月12日、昼は東京体育館にて世界新体操を観覧し、夜は新宿ANTIKNOCKにてGAUZE主催の消毒GIGへ行った。
この二つの趣味を心より好むことができる女性は一生俺の前には現れないと思う。
消毒GIGはTOTAL FURYが見たくて行ったんだけど、メンバーが変わっているせいだろうか、
You Tubeで見たほどのいかすぜ!畜生!という気持ちにはなれなかった。残念。
http://jp.youtube.com/watch?v=ibb44bPE9yk
ボーカルだけが残って長く続けるバンドがたまに存在するけど、良くも悪くも当時の感覚には戻れない。
SLANGはいかすけどね。あれだけは別格なんだろうか。いや、10年以上前を知らないから何とも云えないか。
http://jp.youtube.com/watch?v=lo3v-tBqRmI&feature=related
VanillaBones Jr.がちゃんと活動してた頃の演奏動画があるんで、見てない人は見てみてね。
http://jp.youtube.com/watch?v=2dla5rD4620
10月4日、久々に訪れた川崎で女子プロレスNEOを観戦した。
井上京子20周年と題したこの興行はメインイベントでチャンピオン井上京子に高橋奈苗が
勝ってベルトを取ってしまうという何とも云い難い結果になったけど、ラスカチョーラスが
限定復活したりと全体的に非常に良かった。次の日の井上貴子20周年興行は寝坊して行けず。
試合後は、試合会場から程近くにある中国料理屋へ立ち寄った。
周辺は風俗店が多く、6年ほど前のVanillaBones時代に作った曲“Framingo”の元ネタとなった
ピンサロ店『Framingo』がまだ存在していることに気づき何だかホッとしてしまった。
今まで知らなかったんだけど、その辺には韓国,中国料理屋や韓国食品店などがいくつかあった。
どうも中国人や韓国人、更にフィリピン人などが居住する地域と思われる。
話は戻るが、中国料理屋は中国人が経営していると思われ、客も中国人がいた。
ラーメン・餃子セットを食べ、もちろん青島ビールを忘れずに飲んでおいた。
ラーメンはあっさり中華スープでおいしく、餃子はジューシーで実においしかった。
中国出張以来、中国人に親近感を抱いている俺は帰りに“謝謝(シェイシェイ)”
と云うと従業員のおばちゃんが“謝謝”と返答してくれた。嬉しかった。
中国滞在(9月18日〜9月24日)
中国への出張は、作業の遅延から1日延泊して6泊7日で目標を達成し帰国することができた。
場所は恵州だけど、成田から香港へ飛行機で行き、そこからはワゴンタクシーで3時間かけて
中国の恵州市までの移動となった。
飛行機はノーマルで予約していて、行きはbusiness classにup gradeされていた。
ノーマルで予約しているので空港内にあるラウンジに入ることができた。
飲み物はドリンクバーの形式で食事を注文することもでき、金を請求されることはない。
ドリンクバーには様々な酒も用意されており、同じ出張者の目を盗んでBEERを何杯か飲んだ。
コーヒーが実においしく、高級感が漂いリラックスできる空間だった。
仕事はというと、現地では土日など関係なく作業を続け、朝は8時から夜は22時を過ぎた。
作業内容はPC筐体出荷検査なんだけど、ひたすら工場内での仕事だった。
沖縄より低い緯度にあることもあって、9月後半でも温度35°,湿度60%にもなる。
工場内は扇風機が回っているけど、常に動いていたので汗をかき続け作業後はぐったりと
する日々を送った。
それにしても、昼飯,夕飯の2回以外に途中休憩がないことには驚いた。
製造ラインはひたすら動き続けるので後半は確実に作業員もだらけていきミスも増えていた。
これはあまりにも非効率だと感じた。
実は今回対象のPCは同じ筐体で以前に何度か出荷している物なんだけど、製造工程での
様々な要因で不良が出るので出荷しても良いか1台ずつ検査をする。
良品はそのまま梱包し、不良は修理するか部品を交換して再度製造ラインに流す。
この繰り返しで目標台数の約2100台に達することが本業務の目的だ。
前に出荷してるのなら不良のポイントなど分かっているから俺たちが行く必要はないのでは?
と思う人もいるだろうけど、そんなことがうまくいかないのが中国だ。
まず、下っ端作業員はほとんどが長期で働かない。ある期間を終えると地元へ帰ったり
更にステップアップして給料のいい工場へ移っていく。
前回の作業というのは半年ぐらい前と聞いてるけど、そこで立ち会っていた人はごく少数らしい。
そんなわけで、不良が多くなりやすい箇所など作業員は分かっておらず、どのレベルが不良なのか
も認識できていない。だから俺たちが出向いて検査する必要があるわけだ。
ちなみに、不良率は3割(600台以上)を超えていたと思われ、
そのまま出荷されていたらと思うとゾッとする。
作業員は気さくな人が多いけど、英語を話せる人はほとんどいないのでコミュニケーション
が取れず苦労した。なにせ俺を含め出張者4人は全く中国語が話せないんだから。
最初は通訳さんを交えて、“この作業工程ではこうやって欲しいんだよ”と伝えてもらって
いたけど、日が経つにつれ、ジェスチャーなどで分かり合えていく部分もあった。
慣れていくうちにガムをくれたり椅子を手渡してくれたりと、いい奴等だった。
とにかく作業は辛かったけど、目的のために一緒にがんばろうと思うことがやる気にも繋がった。
簡単な英語が分かる作業員がいて、“日本円と人民元を交換してほしい”と云われた時があり、
1円,5円,10円をあげたらすごい喜びようだった。
ただ、1円と10円を差し出した時に1円のほうが喜ばれたのが謎だった。
作業員は女性が多く、半数は女性だった。そして、20代前半と若い人が多い。
かわいらしい女性もいて話してみたかったけど、何せ言葉が分からないので何もできず。
中国独特の髪の結び方をしていて、非常に魅力的だった。
作業員とこんなに密接に仕事をするとは思わなかった。
こんなことなら多少は中国語を覚えて文化交流でもしたかったものだ。
作業最終日に何とか全てが終わった時、“もう彼らと会うこともないんだろうな”
と思うと少し寂しかった。
何はともあれ、延泊して任務を果たすことができ安堵した。
泊まったホテルは5つ星ということで最上階にはラウンジがあり、
毎晩飲みに行きひたすら青島ビールを飲み続ける日々を送った。
そのお陰で毎日が睡眠不足だったけど、これを欠かすことはなかった。
部屋は13階ぐらいにあり、ある程度遠くまで見渡すことができた。
毎朝、起きた時に外を見るんだけど、光化学スモッグのせいだろうか、
必ずうっすらとモヤがかかったような景色が広がっていた。
朝はバイキングで野菜,フルーツ,中華料理などを食した。
ダブルベッドで綺麗な部屋を一人で占有していたけど、1泊5千円〜6千円程度と実に安い。
工場作業員の給料は2万円を切るのではという話もあったので、物価の違いを感じた。
それにしても、現地では驚きの連続だった。
中国人の気質とのことだけど、適当すぎるにもほどがある。
仕事においては、明日使える部品の在庫が分からないと云われたり、
今までの不良数も数えていないので分からないと云われたり、
作業予定日が作業できないと云われたり。
作業できないというのは2つあり、1つは日曜は基本的に仕事なしの日だからという理由。
これに関しては、当然出国前に確認をして了承してもらっているはずで、何とか回避できた。
もう1つは、月曜は節電日だから製造ラインは動かさないという理由。
節電日というのは、恵州では連日の猛暑による電力供給不足が懸念されていて
「大きい電力は使用しないように」との通達によるもの。
これに関しては、絶対ではないので何とか回避できた。
一時は、『作業を中断して帰国するんだろうか』などということも脳裏をよぎった。
作業は予定通り進むかに見えたが、停電はあった。
夕飯前の1時間が丸々停電で作業は中断となった時があり、これはどうしようもなかった。
別の日にも停電はあり、それは30分ほどで復旧した。
夏場の停電は多いらしく、1秒以内の瞬時停電は度々起きた。
ホテルから工場への道程では、中国ならではという光景があった。
運転の荒い人が多く、ちょっとでも遅い車が前にいると反対車線に入り強引にでも追い抜いていく。
店や民家があり車の行き来が多い所でも車線や信号がない箇所は多く、自転車や人が朝早くから
夜遅くまでそこらじゅうを行き交っている。車がすぐ近くに来ても人は堂々と道を横切って行った。
外灯があまりない道もあるのでずっとハイビームにしている車が多く、
すれ違う際は前方が全然見えなくなるので危ないったらありゃしない。
バイクに4人乗っている光景を見たけど、うまく乗るもんだと関心した。
やはり交通事故は多いらしく、ホテルへの道すがら交通事故を起こしている現場を見た。
興味深かったのは、夜10時を過ぎているにも関わらず20人以上が集まって外に置かれた
テレビを見ている光景だった。戦後発展途上中の日本かと思わされた。
都会でもないのに夜10時を過ぎてもたくさんの人が外を出歩いていたり、
家の真向かいに丸机と椅子があり談話している様子が良く見られた。
ビリヤードの台が道すがらに置かれていているという光景もあった。
おそらく野外ビリヤード場といった具合ではないかと思われる。
治安が悪いらしいけど、何だかみんな楽しそうにも見えた。
通訳さんは香港人なんだけど、香港と中国は別の国という感覚があるらしい。
実際に治安も文化も風習も全然違うようで、顔の違いもあると云っていた。
バイクに関して云うと、中国ではヘルメットはいらず何人乗りでも構わずライトも付いて
なくて良いらしく、香港ではヘルメット着用で2人乗りまででライトは当然必要。
これを聞いただけでも別の国と感じるのは必然だと思う。
通訳さんは中国に行きたくないと行っていた。それほど治安が良くないイメージがあるようだ。
言語では香港は広東語を使い、中国では当たり前だけど中国語を使う。
どうやら広東語は発音が複雑のようで漢字も難しいらしい。
中国語はというと、一昔前に国の政策で『とにかく国全体の人がちゃんと使えるようにしよう』
との思惑から文字も発音もある程度簡単にできているのだと通訳さんが云っていた。
ちなみにこの通訳さんは中国語を勉強したわけではないけど話せるようになったという。
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