投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

[PR]  収益物件 静岡の求人・転職 インプラント 東京 ドクターズコスメ
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ teacup.コミュニティ ] [ ブログ ] [ チャット ]

新着順:12/99 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

生きる術

 投稿者:DEAD of VanillaBones Jr.  投稿日:2008年 3月 1日(土)01時49分22秒
  通報
  http://www.youtube.com/watch?v=Cjlolm15f_Q&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=8etW6NBWcaI&mode=related&search=

本当の意味での充足感は社会との決別であり死によってのみ得られる

人は生まれながらにして不平等だ
だから夢や希望は単位で表すことなどできない
他人より幸せになりたいだとか金を得たいだとか考えるだけナンセンスだ
  自分がどうあるべきか 結局はそれに尽きる

人は抑圧からの開放を求め全ての生き物を支配しようとする
絶対的な安心は物理的な頂点ではなく精神面にあることを多くの人間が把握しようとしない
そのために世界の不均衡が崩れることはない

生きる上で本当に重要なことは勝つことではなく己に負けないこと

愛の形が正義の形をも変える
 そして人と人は絶対的に殺し合いをやめられない

愛も人類も地球の存在も不変ではない

エゴがなければ文明的進化は成されない

今までと違うことをすることで新たな文化が生まれその集大成が文明となる
 しかし文明が幸福をもたらすわけではない

正しさの意味は時代と共に変わる

道徳は己が作る物ではない

子孫を残す事が人としての本能であるというならば
 それを拒むという行為は人としての生き方を放棄することに相応する
  しかし子孫繁栄が続いていけば食料面においてもその他の面においても・・・

   どうあっても人類が破滅に向かっていくことは否めない

適度な金は人を温和にさせる
 少ない金は人を惨めにさせ
  多くの金は人を狂わせる

何事においても人は答えをだしたがる

闇は光に勝る
 それは闇が光の中にあるのではなく光が闇の中にあるからだ

嫌な思い出は簡単に鮮明に思い出せるのに
 いい思い出は必死に思い浮かべてようやくその断片が頭の片隅に出てくる程度だ
  俺の場合はいつでもそうだ

いつどこにいても制約に縛られ
 それを壊すのはまったく容易なことではない
ずっと光を浴び続けることが叶わないのなら
 一時でもそれを感じることができれば良しとするのだろうか

有限と無限の狭間を行き来するのが魂なのかもしれない



ヴァレンタインデイというのが本来はどういう日かというと、269年2月14日にローマ皇帝の迫害下で
死刑にされた聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日であるとされている。
St.Valentineという人は非常に子供が好きだったようで、貧しい子供たちに対して奉仕をしたり
プレゼントの一環として励ましの手紙を送っていたようだ。
それが由来とされている。
2/14はSt.Valentineの命日なのである。
ヨーロッパのほうでは、近年においても恋人に手紙を送ることをしているらしくホワイトデイという習慣はない。
ホワイトデイはただの商業目的である。
日本において特殊な、義理チョコという形で複数の人へ送る習慣は本命チョコより本来の意に
添っているのかもしれない。
そう思ったのは俺だけだろうか。
 
》記事一覧表示

新着順:12/99 《前のページ | 次のページ》
/99